lyric opera of chicago



●シカゴ・リリック・オペラ

 リリック・オペラ・オブ・シカゴは、メトロポリタン・オペラ、サンフランシスコ・オペラと並ぶ、アメリカ3大オペラ・ハウスの一つで、その名声は米国だけでなく世界的にも高く知られています。リリック・オペラは、オペラの質や洗練さだけでなく、経営の効率の良さでも評判を浴びています。

 創立1954年のリリック・オペラは、マリア・カラスをはじめ、パバロッティ、ホーン、テ・カナワ、アップショウ、ドミンゴ、バトー二など世界のトップレベルのアーティストを招待し、豪華なステージセットを設置し、観客を魅了し続けています。

 毎年8シーズンとして、「椿姫」「トスカ」など定番のオペラを上演する反面、コンテンポラリーな作品もシーズンの中で紹介することも好評です。例えば2000年に初めて上演された、ハービソンの「グレィト・ギャツビー」、2003年に上演されたフロイドの「スザンナ」は、往来のオペラファンの興味を誘い、話題を呼びました。

 リリックでは、定期会員制(サブスクリプション)を積極的に優先したり、英語のサブタイトルをステージの上に映すことも早くから実地し、オペラをより観客に親しみやすくしました。

 その結果、リリック・オペラの経営は毎年上向きで、パフォーマンスは絶えず96パーセント以上の席が埋まり、多くのオペラハウスはリリックをモデルとしています。

 1977年からジェネラル・マネジャーの地位をウィリアム、メイソン氏が、シカゴ市民が敬愛したアーディス・クライニック婦人から引継ぎ、その後2000年からはアンドリュウ・デイビス氏がミュージック・ディレクター兼、総指揮者を務めています。デイビスが指揮したリリック・オペラ50周年記念でのワグナー「リング・サークル」は、世界中から注目を集めました。

 リリック・オペラのパーマネント(常置)ホームは、シビック・オペラ・ビルディングです。このオペラハウスは、大事業家サミュエル・インスルのビジョンによって、1929年に建てられたもので、アートデコ内装の席数は3,563におよび、北米中では、メトロポリタンに継いで2番目に大きなオペラハウスです。

●シーズンとチケット

 リリック・オペラでは、毎年8つのオペラが企画されています。その中には、モーツアルト、ヴァーディ、プッチーニ、ワグナー、ストラウスなどの評判のコンポーザーの作品の他に、あまり上演されない、または新しいオペラを織り交ぜて企画されています。

 定期会員の種類はいろいろで、行きたいオペラと鑑賞数、日数、シートの場所で決めることができます。シングルチケットもありますが、定期会員を優先する傾向があるので、席の選択は限られてしまいます。

 ラッシュ・シート・チケットは、シカゴ・シンフォニー・オーケストラと同様に、売れなかったチケット、または定期会員のキャンセルにより買うチャンスがあります。当日、夕方の公演でしたら、午後2時以降、昼の公演でしたら、12時以降に、ボックスオフィスに電話で申し込みをして、ボックス・オフィスで直接買い付けてください。

●歴史背景

 「オペラ劇団では経営難はつきもの」といわれていますが、20世紀初頭(1910年代から40年代)には、シカゴには7つオペラ劇団がありました。しかしながらどこも赤字に継ぐ赤字で、1946年にはとうとうすべてのオペラ劇団が無くなってしまいました。

 そんな中、3人の歴史的人物がシカゴのオペラシーンを完全に変えてしまいます。声楽の生徒のキャレン・フォックス、事業家のローレンス・ケリー、そして指揮者と音楽家のニコライ・レスシグノは、フォックスの父親に依頼し、彼と彼の友達から資金を集めて、1952年世界に通用するシカゴのオペラ劇団を創立するという目標を元に、リリックオペラ・オブ・シカゴを設立しました。

 創立者達は、メトロポリタンやサンフランシスコ・オペラから軽視されたり、独自性が強すぎ折り合いがつかない芽生えはじめたシンガーを、ヨーロッパからの呼び、そのアーティストにチャンスの場を与えることによって、オペラ劇団の名声を上げていこうと企画し、1954年の2月、モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」をキック・オフとしてリリックオペラを開きました。

 オープニング・シーズンからリリックは素晴らしい成功をおさめます。なかでもアメリカ生まれギリシャ育ちのマリア・カラスが、アメリカのステージをこの時に初めて踏んだというのは伝説的な話です。カラスはベリーニの「ノーマ」を演じ、その情熱的な音声と巧みな演技は、シカゴファンはおろか、全世界のオペラファンを魅了することになります。カラスはその後、リリック・オペラのステージでヴァーディの椿姫 プッチーニの蝶々婦人、ドニゼッティの「ランメルモール」など多数のオペラを演じます。

 1956年には、フォックス女史がリリックの経営を握り、“La Scala West.”(西のスカラー)と呼ばれます。そしてフォックス婦人を引き継いだアーディス・クライニック婦人。彼女はボックス・オフィスのアシスタントから、地道にリリックでの地位を高めた実力者。アーディスの経営の効率と決断の良さは、シビック・オペラ・ハウスの改善、世界的有名シンガーとの交流と依頼など、様々な形で、このオペラハウスの発展に貢献していきます。

 着々と名声と飛躍をしていったリリック・オペラは、1990年にはキャサリーン・モルフターノ、ルネ・フレミング、ダーン・アップショウ、ジェーン・イーグレン、ベン・ホッパーなどの世界クラスのオペラシンガーが積極的にリリック・オペラのステージを踏みます。ファンも毎年増していき、シーズンを9月から3月までに延長しました。1996年には、オペラ界最大の6千5百万ドルのプロダクション費を要し、ワグナーの「リング」シリーズをすべて公演した「リング・サークル」は大成功で、アメリカだけでなく、全世界にリリック・オペラの名声を広めたのはいうまでもありません。

●豆知識

 リリックでの1955年のシーズンに、マリア・カラスは「蝶々婦人」を演じました。カラスの蝶々婦人は、後にも先にもステージではこの時が最初で最後。この後、カラスはレコーディングはしましたが、ステージの上で蝶々さんのコスチュームを着ることは以後なかったようです。

 ベンジャミン・フランクリンの名作「ビリーバッド」は、1970年にリリックオペラで世界最初に上演されました。

 キャロル婦人を引き継いだアーディス・クライニック婦人は、経営の効率と決断の良さで知られていますが、その一つの例は、世界的に有名テナー、ルチアーノ・パバロッティのコントラクトを抹消したことでしょう。クライニック婦人は、キャンセルがあまりに多く、ファンを幻滅させてしまうパバロッティには、リリックは相応しくないと決断しました。

LYRIC OPERA OF CHICAGO
20 N. Wacker Drive, Suite 840
Chicago, IL 60606
(312) 332-2244 ext. 5600

●ボックス・オフィス
20 N. Wacker Drive at the
corner of Madison & Wacker Drive
(312) 332-2244 ext. 5600
月曜から土曜まで12noon - 6pm
日曜は公演する日に限り11時から
公演する夜は最初の休憩までオープン。

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