chicago symphony orchestra

●シカゴ・シンフォニー・オーケストラ 
Chicago Symphony Orchestra

 シカゴ・シンフォニー・オーケストラ(CSO)は、アメリカだけではなく、世界的にも著名なオーケストラです。このオーケストラはニューヨーク・フィルハーモニー、セントルイス・シンフォニー・オーケストラに継いでアメリカで3番目に歴史があり、その100年以上もの時の中で、音楽界へ貢献は大きく、素晴らしい音楽家達を育て上げ、900曲に及ぶレコーディングをし、シンフォニー、協奏曲、コーラスなど多彩な分野で56のグラミー賞に輝いています。

 CSOがここまでの名誉を持つのは、1981年の創立指揮者、セオドア・トーマスの音楽に対する「妥協しない芸術の卓越」の言葉を元に、彼の後を継いだ総指揮達、フレデリック・ストック(1905−42)、ディフォウ(1943-47), ロジンスキー(1947-48), クーベリック(1950-53),フリッツ・ライナー(1953-63)、ジャン・マルティノン(1963-69), ゲオルグ・ショルティ(1969-91)、そしてダニエル・バレンボイム(1991-2006)のそれぞれの尽力によるものでしょう。 なおシカゴ市民が敬愛したバレンボイムの最後のステージは、2006年の6月に予定されています。


 CSOのサマーホームは、シカゴ北の郊外ハイランド・パークにあるラビニア・フェスティバルで、1906年以来、毎夏CSOはここで演奏をしています。たくさんの優秀な演奏家や若い指揮者達がここでデビューしたり、名を上げたりします。東京ストリングコテットをはじめ、有望な日本の音楽家もこのフェスティバルに毎年参加しています。

 CSOはたくさんの才能のある音楽家との共演を積極的にしています。また多彩なプログラムを組んで、話題の演奏家や優秀な音楽家も招待しています。例えば五嶋みどりさんは、CSOの常連のゲスト・パフォーマーです。

 演奏家を招待する一方で、CSOでは名誉ある指揮者もまた招待しています。過去にここで指揮をとったた指揮者は、リチャード・ストラウス、カミール・サント・セン、エドワード・エルガー、小澤征爾、ジェームス・レビーン、レナード・バースタイン、ウォルター・ヘンデル、チャールズ・マンク、朝比奈隆などで、そのほとんどの指揮者がCSOと一緒にレコーディングも行っています。なお1996年に朝比奈隆氏が、87歳という高齢にもかかわらず渡米し、CSOと共演した時には、にシカゴの聴衆は熱烈な歓迎と感謝を朝比奈氏に捧げました。


●シーズンとチケット

 CSOでは、毎年いろいろなプログラムやイベントを企画しています。有名指揮者、話題のアーティスト、新しいシリーズなど、9月から始まり、5月で終わるシーズン中は、興味深いプログラムでいっぱいです。シングル・チケットも購入することができますが、通常CSOではチケットはサブスクリプションといって、日程や回数による、定期会員制のサブスクリプションを勧めています。CSOのサイトやカタログから自分の聞きたいプログラムを調べた上で、サブスクリプションのタイプを選択するのが良いでしょう。

 05−06年シーズンの話題を呼んでいるのは、ダニエル・バレンボイムによる最後のCSOとの演奏、ラング・ラングのモーツアルト・ピアノ協奏曲、カッシンのベートーベン・ピアノ協奏曲、ベルのチャイコフスキー・バイオリン協奏曲などです。


●歴史とバックグラウンド

 シカゴ・シンフォニー・オーケストラの始まりは、1891年にシカゴのビジネスマン、ノーマン・フェイと、彼を支持する50人のビジネスマンにより、アメリカで名を知られていた指揮者セオドア・トーマスに、シカゴでオーケストラを創立して欲しいと依頼したことが起点になります。

 ニューヨーク出身のトーマスは、演奏期は28週間、オーケストラの演奏家達のすべての仕事は保障され、かつ高賃金、そしてトーマス自身がオーケストラの進路の行方に絶対の権利を持つということを条件に、この仕事を引き受けました。その年の10月16日、オーディトリアム劇場で初演奏。その後、最高のクオリティのオーケストラに築きあげようとトーマスは死別するまでの15年間、この仕事に打ち込みました。トーマスの他界の3週間前、1905年にミシガン通りに在るオーケストラ・ホールがシカゴ・オーケストラのホームコンサート場になりました。

 トーマスの後に引き続いたのは、フレデリック・ストック(1905−42)。彼は1895年からビオラのセクションにいて、4年間トーマスの下でアシスタントをしていました。ストックはCSOの総指揮者の中では一番長い37年もの間、総指揮者の地位を勤めました。彼の時期には、子供の音楽教育、サブスクリプションの確立、シビック・オーケストラの寄付金集めなどに貢献しています。又、1919年には初めてのアメリカで教育された演奏家を、ヨーロッパの有名なオーケストラへ派遣する企画なども手がけました。

 ストックの後にはディフォウ(1943-47), ロジンスキー(1947-48), クーベリック(1950-53)が続き、CSOの評判は着々と上がっていきます。そして次の10年は、ライナー(1953-63)の総指揮の時代に移ります。ライナーはさらにCSOの名声をあげようと、マーグレット・ヒリスを招待し、1957年シカゴ・シンフォニー・コーラスを築きます。またこの時代、カーロ・マリア・ジュリニなどの有名音楽家をシカゴに呼び、積極的に共演しCEOの名を全米に広めていきます。

 ライナー後、ジャン・マルティノン(1963-69)が5年務め,ゲオルグ・ショルティ(1969-91)の時代になります。ショルティは国際ツアーを企画しています。ヨーロッパ、日本、そしてオーストラリアと演奏旅行をし、CSOの才能と能力を海外に示し評判を呼びます。又この時代、ショルティとCSOは積極的にラジオ、テレビの出演、レコーディングをしていき、「シカゴサウンド」を普及していきます。

 そしてダニエル・バレンボイム(1991-2006)。彼の指揮下でCSOは新たに膨らみます。天才ピアニスト、そして指揮者バレンボイムは、新しいオーケストラ・ホールの改善に力を注ぎ、またモーツアルト・ダポンティオペアスを企画し、9回にわたり国際ツアーを組みました。1999年にはドイツ、バーリンの壁の崩壊のコンサートに加わった事で熱情的な声援を受けました。

 このような深い歴史と実績のあるCSO。バレンボイムの後にどうな飛躍をするのかクラシックの愛聴者なら誰もが楽しみでしょう。


●面白豆知識

 1899年、1月6日ストラウスの指揮の下で、CSOはアメリカではじめてストラウスの「ドンキホーテ」を演奏します。

 1900年、12月3日と4日、セリゲイ・ラキマニノフが指揮者としてデビュー。 彼の作品「アイゼルの死」を発表。さらにラキマニノフのピアノ協奏曲2番を、彼自身によって演奏されました。

 1940年、ウオルト・ディズニーのアニメーション映画「ファンタジア2000」においてCSOは演奏を受け持ちました。指揮者は若いジェームス・レビン。この映画ではグラミー賞を独占しました。

 1967年、6月7日から20日、ショルティ率いるCSOは、日本へのツアーを行い、福岡、広島、金沢、名古屋、大阪、札幌そして東京をまわりました。

Chicago Symphony Orchestra
The Symphony Center
220 South Michigan
Chicago, Illinois 60604
(312) 294-3000

ボックス・オフィスは、シンフォニーセンターの一階北口。
オープン時間は月曜から土曜まで10時から6時、日曜は11時から4時まで
演奏がある夜は休憩時間までオープン。

 サブスクリプションができなく、またシングル・チケットを買うことができなかった場合、ラッシュ・シーティング・チケットという当日券を購入することができます。売れ残った席や定期会員がなんらかの理由で来られない場合など、ラッシュ・シーティングが可能になる訳です。当日、ボックス・オフィスに連絡し、フロントマネージャーの指示に従ってこのチケットを活用して下さい。また、学生は特別な価格でチケットを購入することができます。

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