江戸の言葉の香に酔いしれるシカゴの夜。
「第9回シカゴ寄席〜柳家さん喬 ・林家正蔵・二人会」
 




林家正蔵師匠と、柳家さん喬師匠。開演前のひととき、ステージ袖で。

 「今年は去年ほど暑くないわねぇ」と、着物姿の女性たちが足早に会場に吸い込まれていく。 7月17日、毎年恒例の「シカゴ寄席」がパラタイン市のハーパーカレッジ内“Jシアターで開催された。今年で第9回目。昨年から柳家さん喬師匠と林家正蔵師匠の「二人会」となった“贅沢シカゴ寄席”は、今年も約300人の観客で満員御礼。会場には、親に連れらた小学生が10人ほど。今回初めてこの寄席に足を運んだという人も大勢おり、シカゴの夏の風物詩となった当寄席の人気をうかがわせた。

 平日の午後5時半という早い開場時間にもかかわらず、6時には多くの方々がすでに会場入り。今回、主催者側の粋な計らいで和服姿のお客様は入場料が5ドル引きになるというスペシャルサービスもあってか、会場にはいつもにもまして男女とも和服姿のお客さまの姿が目立ち、一層”特別感”を醸し出していた。もちろん、当寄席名物の「助六弁当」も寄席気分を盛り上げてくれるお楽しみアイテムとなっている。(写真左)

  
(左)和服姿の女性が多く、まるでお正月のよう。 (中)主催者のM-Square代表、松原都さんもあでやかな和服姿。私たちがこうやってシカゴ寄席を毎年楽しめるのも、同社および彼女の呼びかけで集まるボランティアの方々のおかげ。  (右)受付嬢も和服で出迎え。


 午後6時半、待ちに待った開場。今回はまず、さん喬師匠が高座にあがり、続いて正蔵師匠、中入りをはさんで正蔵師匠、さん喬師匠が〆める、という構成。
 夏のシカゴはお手のもの、慣れた様子で高座に上がったさん喬師匠。この日会場に訪れていた小学生たちのために、ちょっとした小噺のアイスブレーキングで爆笑を誘う。実はこれは“探り”で、これからなにを話そうかと考えていたのだそうだ。
 そして選んだ噺は、『ちりとてちん』。 何でも知ったかぶりをして食べ物に難癖ばかりつけたがる近所の六(ろく)さんをぎゃふんと言わせようと、腐った豆腐に唐辛子をまぶして瓶に詰め、台湾名物「ちりとてちん」と偽ってすすめる。臭いにむせて目をしばたかせながらも「これが食べられたら、向こうでは一人前、食通と言われます」と知ったかぶりをかませつつ、六さんは無理にのどに流し込み・・・。 さん喬師匠の十八番のひとつとあって、食欲をそそられる「食べ芸」と、「顔芸」が炸裂。
 
  続く、正蔵師匠。シカゴ寄席初参加の昨年は背中から緊迫感を漂わせていた師匠も、2回目の今年は余裕。シカゴの前に訪れていたミドルベリー大学(バーモント州)で、学生に「落語お上手ですね。ところで普段は何のお仕事をしているんですか?」と聞かれ、「セブンイレブンで働いています」と答えた実話でまず会場をどっと沸かせた。「正蔵師匠は枕でお客様をつかむのがうまい。天性のウマサ」とさん喬師匠も昨年話していたが、本題に入るまでに観客の緊張が解かれ、高座との距離が一瞬で縮まっていく。
 一席目に選んだのは、意外にも新作落語の『読書の時間』(作/桂文枝)。学校の読書の時間に父親の書棚から『竜馬が行く』を借りていった息子。実は本の中身はポルノ小説で、父親が気付いたときは時すでに遅し。息子は教室で皆の前で音読させられてしまう。 こういうドタバタ現代落語は正蔵師匠のキャラクターにぴたりとはまり、場内は爆笑に次ぐ爆笑。
               
 
 中入りを挟んで、再び正蔵師匠が登場。今度はガラリと変わって古典落語『松山鏡』。 いまだかつて鏡というものを見たことがなく、おのが姿を知らないとある村の民たち。正直者の正助は、殿様から授かった鏡に映った自分を亡くなった父親と思い込む。納屋に大切にしまい込んで朝な夕なに話しかける正助を不審に思った女房が鏡を覗きこむと・・・。軽妙洒脱でテンポのいい滑稽話は師匠の得意とするところ。正直者の正助のキャラクターは、正蔵師匠の真面目な人柄とだぶる。
   
ふとしたしぐさが、父親の故三平師匠にうりふたつ

 続くさん喬師匠は、お得意の人情噺から『唐茄子屋政談(とうなすやせいだん)』。放蕩三昧の末に家を放り出された若旦那の徳三郎。食うや食わずのところを叔父に助けられ、「唐茄子を売ってこい」と天秤棒を持たされる。長屋の衆の助けでなんとか売れたものの、帰り道に出会った赤ん坊連れのやつれた女を不憫に思い残りの茄子を安く分け与えたばかりか、売り上げの金も女にやってしまう。この話を信じようとしない叔父とふたりでその女の家にいってみると、そこには信じられない光景が・・・。
 登場人物のひとりひとりを丁寧に描き分けるさん喬師匠の一挙手一投足を、300人の観客が息を呑んで見守る。落語であって、そこに笑いはない。あたかも一篇の優れた講談を聴いているかのような師匠の迫真の語りに、女性客がハンカチで目頭を押さえる。先ほどのカラリとした正蔵師匠の噺とは対照的。この対比の妙こそがこの会ならではの魅力だろう。

 今回も全く毛色の違った噺の構成で、ガチンコ勝負をしてくださったおふたり。普段は刺激の少ないシカゴの郊外生活の中で、このような超一流の日本の伝統芸に触れることができる機会を得ただけでもありがたいこと。これまでの評判を伝え聞いて、または経験者に誘われていらしたお客様も多く、それは今回初めてこの寄席に足を運ぶお客様の多さとなって現れていた。

 終演後のインタビューではお疲れのところひと言ひとこと丁寧にお答えくださり、何度も「うれしかった」という言葉を繰り返した正蔵師匠は、優しいまなざしが印象的。 さん喬師匠は今年4月に「紫綬褒章」を受章。「この賞は、これからお前はもっと頑張らなければいけないよ、ということ。賞によって人間が変わるわけじゃない。(師である故5代目柳家小さん師匠の口癖でもあった)“芸を磨くより自分を磨け”ということ」(さん喬師匠)と、どこまでも稲穂のような謙虚さを持つ人。
 このおふたりが来年はどんな流れで、どんな話を聞かせてくれるのだろうか、子供たちや着物姿の人たちはさらに増えているかな。そんな楽しみを胸に、着物で過ごしたちょっぴり非現実的な数時間を思い起こしつつ帰路に着くひとときもまた、楽しからずや。


 
終演後に張り出された演目(さん喬師匠の手書き


スタッフのみなさまに感謝!

    
●「シカゴ寄席」過去の記事
 芸の神髄を堪能。「第6回シカゴ寄席〜柳家さん喬 独演会」 (2014年7月21日)
 http://www.usshimbun.com/events/events-140721ChicagoYose.html
 
 聞く者が自由に思い描く、情景の美。「第7回シカゴ寄席〜柳家さん喬 独演会」 (2015年8月24日)
 http://www.usshimbun.com/events/events-150824ChicagoYose.html

 名人芸&天性の華。ふたりの個性が光る「第8回シカゴ寄席〜柳家さん喬 ・林家正蔵・二人会」 (2016年7月18日)
 http://www.usshimbun.com/events/events-160718ChicagoYose.html


柳家さん喬師匠、林家正蔵師匠インタビュー (※敬称略)
― 正蔵師匠は今回とてもリラックスされていたようでしたが。
正蔵:はい。リラックスしていました。慣れました。去年はわからないことばかりでしたが、今回は一日多く滞在させていただいているので大好きなブロードウェイミュージカルも観られたり、ステーキも、チキンウィングも食べられたし思い残すことはもうありません。

― 今日の演目構成はどのように決めたのですか?
正蔵:今回はさん喬師匠がトリをとられるということで、師匠にお伺いを立てて流れを考えて決めました。最初は笑っていただく話を中心に、中入り後は古典落語でちゃんと聞いていただくという構成です。
さん喬:僕たちがネタを決めるのは行き当たりばったりで、構成しようとかはないんです。正蔵師匠がウケてるな、と思えば、こちらは抑えようかな、と。際限なく笑わせるということはしないんです。そうするとお客さまが疲れてしまうから。本来、落語を二席続けて演るというのはタブーなんです。正蔵師匠がうんと笑わせた後に渡してあげようとする、それに対して僕はこういう風に出ようというふうにお互いに相手を見て決めるんです。

― 二席目の話もそのように?
さん喬:
裏話を言うと(演目を)書かなきゃいけない都合もあって、正蔵師匠が出る前に何をやるかを聞いてからさんざん悩んで決めました。人情っぽい話が続いたのでよくないかなと思ったんですけど、寄席ではできなくてもこういう会だとできちゃうんです。
正蔵:いい構成だったと思います。

― お客様の反応はいかがでしたか?
正蔵
:今年はご新規のお客様がずいぶん増えていらしていましたね。あと若い方が多かったですね。それからこれは是非強調してください。着物、浴衣のお客様が多いのはうれしいです!今日を晴れの日と思ってくださり、着物を着てここまで足を運んでくださるのがうれしいなぁっ、て思いました。
さん喬:今日はみなさんが良く見えるようにわざと明る目していただきましたから、高座からみなさんが良く見えました。

― 今日は小さなお子様もいましたが、子どもがいるときとそうでないときとで演目を変えられますか?
正蔵:あんまり変わんないですね。落語って結局大人のもの、大人の世界を子供たちがちょっと覗いてみようというようなもの。子供の時分、言葉がわかんなくても大人の人たちが笑っていた落語って、あ、こうなんだなって経験もあります。今日はお子さんがたも最後まで聞いて下さってうれしかったですね。

― 今日のお噺、『読書の時間』もちょっときわどかったですけれど。
さん喬:
師匠はああいうの、わざと選んでるんですよ(笑)。落語の話にはいナンセンスなものからきっちりしたもの、所作として見せるもの、いろんなパターンがある。落語の面白さってああいうもんなんだなって、子供さんがわかってくださるのが一番なんです。今日は前に座っていたお子さんがたも退屈せずに最後までずっと真剣に聞いて下さっていて、こちらが感動してしまいました。
正蔵:ほんと、うれしかったですね。
さん喬:僕も最初にシカゴに来た時、アメリカ生活の長いみなさんはこの言葉は忘れてらっしゃるだろうな、とかいろいろ考えちゃいましたが、もう今はそういううことは考えないで普段通りにやっています。今日は子供さんのために現代語に換えた言葉がふたつだけありましたが、それだけです。

― 現代の若者の使う言葉や流行についてどう思われますか?
正蔵:言葉は生き物で時代時代によって変わってきますが、江戸落語の場合は言葉の意味がわからなくても江戸の香りがあるのでそれを守っていかなければいけないと思っています。また、落語家自身、世の中のいろんなことを観て、聞いて、感動して、人間を磨く、そして世情に敏感でないといけないですね。



■柳家さん喬師匠 プロフィール
墨田区本所出身の落語家。1967年5代目柳家小さんに入門。1972年二つ目昇進し、「さん喬」と改名。1981年真打昇進。本格古典落語の名手としてとして名高い実力派であり、第一人者。
特に人情噺は秀逸で、「子別れ」「芝浜」「柳田格之進」「文七元結」等を得意とするが、滑稽噺や「中村忠蔵」などの芝居噺でもその芸域の広さと力量を発揮し高い評価を受けている。高座の姿が大変美しく、先代の小さん一門の流れを受け継いだとても行儀のいい芸風で、また一瞬にして観客を話に引き込む力は随一の定評がある。寄席を大変大切にしており、寄席での出演回数は年間を通して一番多い落語家の一人。東京を中心に全国各地で開催される独演会は常に満員である。
2006年より、落語と小噺を通じた日本語教育活動を海外で行っている。回った国は米国をはじめ、ハンガリー、フランス、ベルギー、シンガポール、韓国の6か国。米国では、2006年から毎年7月にバーモント州ミドルベリー大学の夏期日本語学校に招かれ、日本語を学習する学生と一緒に生活しながら、落語を通して日本文化や日本語を紹介する活動を続けている。
国立演芸場金賞受賞、文化庁芸術祭賞、2014年芸術選奨の文部科学大臣賞受賞。2014年に落語家では初の国際交流基金賞を受賞。さらに2017年4月、「紫綬褒章」を受章。また、東北の被災地へ毎年訪れ、公演を通じて復興支援を続けている。弟子は10名を超え、後進の育成にも力を入れている。現在落語協会常任理事。

■林家正蔵師匠 プロフィール

1978年、父、林家三平に入門、前座名「こぶ平」。1981年、二つ目昇進。1987年、真打昇進。2005年、9代目「林家正蔵」を襲名。高座に姿を現すだけで場内を明るくできる、数少ない噺家の一人。祖父の7代目林家正蔵、父、林家三平と親子三大の真打は史上初。
 噺家として古典落語に精力的に取り組むかたわら、マルチタレントとしての活動も多才。TVのバラエティ番組やドラマ、CM,舞台、ラジオなど、エンターテイメントの様々な分野で幅広く活動し、子供から大人まで幅広いファンを獲得。1980年以降は、映画の出演も増え、その延長でアニメの声優としても多数出演するなど活動の場を広げている。
第5回浅草芸能大賞新人賞受賞。第22回浅草芸能大賞奨励賞受賞。国立花形演芸大賞古典落語金賞。2015年「第70回『文化庁芸術最優秀賞受賞。2005年より、城西国際大学人文学部(その後、国際人文学部国際文化学科に改組)の客員教授を務めている。落語協会副会長。




            (2017年7月20日  文責・撮影: 長野尚子 Text・Photo by Shoko Nagano )



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