名人芸&天性の華。ふたりの個性が光る
「第8回シカゴ寄席〜柳家さん喬 ・林家正蔵・二人会」
 



7月18日、シカゴに本格的な夏を告げる恒例の「シカゴ寄席」が開催された。今年で第8回を数える同寄席は、これまでとは趣向を変えた「二人会」。今ではすっかり“シカゴ寄席の顔”になった柳家さん喬師匠に、バラエティー番組や司会などで人気の林家正蔵師匠が加わって、二席ずつたっぷりと「話芸」を聞かせてくれた。


   今年の会場は、シカゴ北西部郊外、パラタイン市のハーパーカレッジ内“Jシアター”。開場の5時半前にはすでに受付には列ができ、用意された特製「助六弁当」をいただきつつ開演前までの時間を楽しむ人たちの笑顔がはじける。きちんと着物を着つけた女性の姿もちらほら見かけられ、会場に華を添えていた。

左)これが楽しみ、という人もいる人気の「助六弁当」

 
 
 一方、開演を間近に控えたお二人。さん喬師匠は、今回は二人会ということもあってかかなりリラックスした様子。対照的に、正蔵師匠はステージ前の席に腰かけ、静かに神経集中。ご自身がアメリカの土を踏むのは実に13年ぶりだそう。「シカゴ寄席」はもちろん、外国での落語会出演はこれが初めてという正蔵師匠に、さん喬師匠が「大丈夫、大丈夫」とやさしくフォローしながらも、じわじわとプレッシャーをかけていじる様子もほほえましい。


左)開演前のご挨拶をする、松原都さん(主催のM Square, Inc.代表)

爆笑の第一部、たっぷり味わう第二部。

 6時半の開演時には、会場はほぼ満員御礼。今回は従来より100人以上キャパシティーの大きな会場に移ったが、平日にもかかわらず260名の入りと大盛況で、これには思わず最初に登場したさん喬師匠も
「今までのは、いったい何だったんだ!」

とさっそくネタにして、笑いを誘う。

   さて、さん喬師匠の最初の一席は、『天狗裁き』。どんな夢を見たのかを問い詰められ、答えようにも答えられない熊さん、そのせいで次々とひどい仕打ちに合って、最後は天狗に助けられるが・・・いわゆる“夢オチ”(全て夢でした、というオチ)の典型のお噺なのだが、最後まで夢だと思わせない臨場感に引き込まれる。どっぷりと引き込まれていた分、その落ちがわかると会場全体から「Awwwww」という何とも形容しがたい音が漏れるのが、また痛快。

 続くは、正蔵師匠。舞台に登場するだけで会場がパッと明るくなるのは、父譲りの天賦。長い間「こぶ平ちゃん」と呼び親しんできだけに、観客のほとんどは“落語家・林家正蔵師匠”の高座を見るのは初めてに違いない。しかもここは海外、シカゴ。見せるほうにも、見せられるほうにも、最初はそんなちょっとした緊張感が流れていた。が、いったん正蔵師匠の聞き慣れた甲高い声がはじけると、会場は一気に和んで、爆笑モード。

  
  『お菊の皿』も、この流れで聞くにはもってこいのエンターテイメント性あふれる演目で、お子さんから大人まで年齢を問わず笑いを共有できる。(最低限、『番町皿屋敷』を知らないとダメだが、それもいい夏休みの教材になったはず。知らないものは学べばよいのだ。)

 仲入りをはさみ、第二部。さん喬師匠がまず登場。ここは、待ってました、十八番!の人情噺とくるに決まっている。すわハンカチの用意。過去2年、師匠の人情噺(『妾馬(めかうま)』(2014)、『柳田格之進』(2015))にはすっかり泣かされっぱなしだったからだ。しかし、今回はハンカチの要らない明るい人情噺、『井戸の茶椀』。
 “くず”の売買が縁で交流が始まったふたりの武家侍。暮らしぶりは違えど、くず屋を介したやりとりで互いの実直さは十分に分かり合っている。その清く正しい心がつないだハッピーエンドに、胸が温かくなった。特にほっとしたのは、登場人物が全て正直者であること。(11月の大統領選を前に、近頃は正直者とはおよそ縁遠い人たちの話題ばかりでウンザリだったからなおさらだ。)落語というより、良い芝居を観たあとのような清々しい気持ちにしばし浸るひとときがうれしい。名人芸とは、この余韻を言うのだろう。また、毎年感じることだが、さん喬師匠ほど武家言葉、特に「身ども」「それがし」といった一人称が似合う人はいない。江戸時代の清貧な武士とは、きっとこういう佇まいだったにちがいない。




 そして、本日の“真打”(トリで出演する芸人が最後にロウソクの芯を打った(消した)事から、こう呼ばれるようになったそうだ)は、正蔵師匠。演目は、滑稽噺『ねずみ』。子供の宿引きに誘われて、「鼠屋」という貧しい宿に泊まることになったある旅人(実は彫刻の名匠、左甚五郎)。ここの主人は、もとは向かいの「虎屋」という大宿の主人だったが、腰を悪くして以来、番頭と後妻に乗っ取られてしまったという。この話を聞いた甚五郎は、商売繁盛を願って木片で鼠の彫刻を掘ってやる。生き物のように動き回り始めた鼠の彫刻が評判を呼んで、繁盛し始めた「鼠屋」をやっかんだ「虎屋」が、今度は虎の彫刻で反撃に出たのだが・・・。
 夕闇にポツリポツリと提灯の灯りがともる、小さな旅籠町の風景が頭の中にくっきりと浮かび上がる。それは聞く人によっては、遠く離れた故郷の街かもしれない。私はなぜか、昔訪ねた城崎温泉の街並みを思い浮かべていた。このような情景美こそ、落語の最大の魅力であり楽しみだ。
 童顔の正蔵師匠がつぶらな瞳を輝かせると、たちまちそこには12歳の小僧の姿が現れる。どんな登場人物をも変幻自在に操ることができるのも、演劇(『ワハハ本舗』に一時在籍)、タレント活動、声優、俳優と様々なジャンルを経験したゆえんだろう。芸にも人生にも、無駄な時間などなにひとつない。
 
 年齢も、噺家としてのキャラクターも全く違うおふたりの、それぞれの個性が光った話芸をたっぷりと楽しんだ、あっという間の3時間。巷ではさまざまな“日本祭”が花盛りだが、これぞ贅沢の極みといえる日本祭だった。


終演後に張り出された演目表は、さん喬師匠の手書き。”大入り叶”の文字が躍る。

“心にしみる母国語のありがたさ”
 初めての方も、毎年通う方も、大いに満足し堪能した今年の「シカゴ寄席」。以下、参加者から主催者側に寄せられたコメントを紹介しよう。
 「シカゴの地で落語を聞くという背景には、参加された一人一人に、様々な人生の軌跡があるのだろうな、と思いました。日々、英語や外国語で苦労している身だからこそ、改めて、聞いただけでストレートに理解出来、心に沁みる母国語の有難さ、落語という文化を持つ日本という国の有難さに、思いを致した次第です。」(Yさん) 
 「今まで落語自体を聴いたことが無く、こぶ平さん時代をテレビで見知っていましたので半分興味本位で見てみようと思いましたが、余りの面白さに衝撃を受けました。師匠の操縦で時代をトリップするアトラクションに乗り込んだような心持ち。あっという間の数時間でした。おしゃべり一つがこれほど見事な”芸”になるとは。・・・中々刺激の少ないシカゴ郊外の生活の中で、心潤い、見聞の広がるとても素晴らしい会でした。」「来年も着物を新調して(笑)、ぜひまた伺わせて頂きます。」(Fさん)

  「今日は泣かなかったわねぇ」 終演後、ある女性連れがなごやかに話していた。ハンカチの出番がなかったのは、どうやら私だけではなかったようだ。これでよかったような、でもさびいしいような。
 さぁ、明日からまた来年の「シカゴ寄席」を楽しみにがんばろう。
 

終演後お二人を囲んで。
「シカゴ寄席」が毎年楽しめるのも、企画実行した主催者をはじめ、ボランティアの皆さんの縁の下の働きがあってこそ。


●「シカゴ寄席」過去の記事
 芸の神髄を堪能。「第6回シカゴ寄席〜柳家さん喬 独演会」 (2014年7月21日)
 http://www.usshimbun.com/events/events-140721ChicagoYose.html
 
 聞く者が自由に思い描く、情景の美。「第7回シカゴ寄席〜柳家さん喬 独演会」 (2015年8月24日)
 http://www.usshimbun.com/events/events-150824ChicagoYose.html


柳家さん喬師匠、林家正蔵師匠インタビュー

― 今回おふたりでアメリカにいらっしゃった経緯は?
さん喬: 常々、正蔵師匠が「なんか一緒にやりたいですね」っておしゃっていたんですよ。そこで、僕は毎年(バーモント州の)ミドルベリー大学で落語を通して日本語を教えてるんだけど行ってみる?とお話したところ、ぜひ行きたいとおっしるので、それじゃ是非にということでご一緒したわけです。正蔵師匠はもちろん初めてで、アメリカ人ばっかりの前で落語をやる、授業をやるということで大変緊張なさっていたんですが、学生さんたちは大喜びでね。最後はスタンディングオベーションでした。
正蔵: アメリカ人の学生さんの前で、日本語で落語をやって、生徒さんたちは字幕(英語)を見て笑うんです。外国でも落語って通じるんだな、笑っていただけるんだなと思ったとき、落語の持っている力を感じました。各国共通の面白味をわかってくださっている。日本にはたくさんの外国の方がお見えになっているんで、いつか英語で落語をやってみたいなと、正直思いました。
さん喬: 学生さんがこんなに一生懸命日本語を勉強してくださっているうえに、言葉を楽しんでくださっているということに、今年も感激して帰ってきました。

― 今日の演目はいつどのように、どんな理由で決めましたか?
さん喬: 演目を決めるのは、(高座に)上がる直前ですよ。僕たちの世界では、トリの方のほうを優先するんです。ですから、正蔵師匠が「今日これとこれをやりたいな」と言えば、じゃぁどうぞ、と。今回の僕の役目は、邪魔にならないように場づくりをすることだから、最初はお客さんを無理やり笑わせるような噺じゃなくて、うふっ、うふんてのんびり笑っていただけるよう『天狗裁き』にしました。『井戸の茶碗』は、実はリクエストだったんですよ。正直ちょっと『ねずみ』と似通っちゃってる噺だけれど、正蔵師匠だからまぁ、そんなことはきっちりやってくれるでしょう、と(笑)
正蔵: 僕は、基本的にわかりやすい噺を選びました。『お菊の皿』を選んだのは、落語は季節が大切だっていうことからで、『ねずみ』は、アメリカにずっといらっしゃる方やアメリカで生まれ育った方でもオチがわかりやすいんじゃないかな、と思って選びました。

― 日本で演じるときと、お客さまの反応の違いは?
正蔵: いや、それが途中から(どこでやってるんだか)わかんなくなっちゃって。日本のどこかの都市でやってるんじゃないかってね。しかも、落語を聞こうっていうお客様のエネルギーや気を、ものすごく感じるんですよ。楽屋に戻ってきてから、「なんか今日は不思議な体験をしました。まるで日本でやっているようだ」と、さん喬師匠にお話したくらい。どんな反応が返ってくるかは、あまり何も考えでいなかったですね。
さん喬: だいたい(正蔵師匠は)緊張する方なんですよ。「大丈夫だよ、お客様は日本でやってるのと同じように笑うし、理解できてるから」って話しました。そう言う僕だって「アメリカのみなさんは、こういう言葉に素直に反応できるかな」という疑念は今でも持ちますからね。東京では受けるけどここでは受けなかった、やっぱり住まう環境が違うんだな、とかね。そういうのはありますよね。正蔵師匠は枕(本編に入る前の振り)でお客様をぐっとつかむのが上手。それは天性のウマサだなぁ、と。

― シカゴで好きな食べ物は?
さん喬: 僕は「チリドッグ」(ホットドッグ)が好きなんですよ。また、久しぶりにシカゴのピザを食べましたがおいしいですね。二切れも食べちゃいました。
正蔵: ピザ、おいしいよねー。シカゴは食べ物がとてもおいしい。とても。

― 正蔵師匠は相当なジャズ通だそうですが、シカゴではジャズを堪能されましたか?
正蔵: 昨日シカゴに着いて、少し観光してご飯食べてビール飲んで、さぁこれからジャズクラブに聴きに行く予定だったんですが眠くなっちゃって(笑) 「Andy's Jazz Club」を外からドア越しにのぞいただけでした。予定を見ると、来週僕の大好きなテナーサックスのデビッド・サンチェスや、ランディ・ブレッカーっていうトランペッターがくるって知って、もっといてぇなぁー、って・・・。明日帰ります。
さん喬: もう一日泊まろうよ、って言ったんですよ。ところが、翌日落語協会の理事会がありましてね。休みなよって言ったんですよ。ったく、休みゃいいのに(笑)
正蔵: 師匠も一緒に帰ります。
さん喬: うるさい(笑)
正蔵: あと、僕は『ブルース・ブラザーズ』が好きだから、シカゴの街にはドキドキしましたよ。今度来た時は、もっとゆっくり回ってみたいです。また行きたいなぁ。来年の楽しみということで。



■柳家さん喬師匠 プロフィール
墨田区本所出身の落語家。1967年5代目柳家小さんに入門。1972年二つ目昇進し、「さん喬」と改名。1981年真打昇進。本格古典落語の名手としてとして名高い実力派であり、第一人者。
特に人情噺は秀逸で、「子別れ」「芝浜」「柳田格之進」「文七元結」等を得意とするが、滑稽噺や「中村忠蔵」などの芝居噺でもその芸域の広さと力量を発揮し高い評価を受けている。高座の姿が大変美しく、先代の小さん一門の流れを受け継いだとても行儀のいい芸風で、また一瞬にして観客を話に引き込む力は随一の定評がある。寄席を大変大切にしており、寄席での出演回数は年間を通して一番多い落語家の一人。東京を中心に全国各地で開催される独演会は常に満員である。
2006年より、落語と小噺を通じた日本語教育活動を海外で行っている。回った国は米国をはじめ、ハンガリー、フランス、ベルギー、シンガポール、韓国の6か国。米国では、2006年から毎年7月にバーモント州ミドルベリー大学の夏期日本語学校に招かれ、日本語を学習する学生と一緒に生活しながら、落語を通して日本文化や日本語を紹介する活動を続けている。
国立演芸場金賞受賞、文化庁芸術祭賞、2014年芸術選奨の文部科学大臣賞受賞。2014年に落語家では初の国際交流基金賞を受賞。また、東北の被災地へ毎年訪れ、公演を通じて復興支援を続けている。弟子は10名を超え、後進の育成にも力を入れている。現在落語協会常任理事。

■林家正蔵師匠 プロフィール

1978年、父、林家三平に入門、前座名「こぶ平」。1981年、二つ目昇進。1987年、真打昇進。2005年、9代目「林家正蔵」を襲名。高座に姿を現すだけで場内を明るくできる、数少ない噺家の一人。祖父の7代目林家正蔵、父、林家三平と親子三大の真打は史上初。
 噺家として古典落語に精力的に取り組むかたわら、マルチタレントとしての活動も多才。TVのバラエティ番組やドラマ、CM,舞台、ラジオなど、エンターテイメントの様々な分野で幅広く活動し、子供から大人まで幅広いファンを獲得。1980年以降は、映画の出演も増え、その延長でアニメの声優としても多数出演するなど活動の場を広げている。
第5回浅草芸能大賞新人賞受賞。第22回浅草芸能大賞奨励賞受賞。国立花形演芸大賞古典落語金賞。2015年「第70回『文化庁芸術最優秀賞受賞。2005年より、城西国際大学人文学部(その後、国際人文学部国際文化学科に改組)の客員教授を務めている。落語協会副会長。




             (2016年7月18日  文責・撮影: 長野尚子 Text・Photo by Shoko Nagano )



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