SHOKOのシカゴ郊外の町から


著者略歴 長野尚子

イリノイ州在住フリーライター。
2001年、大手出版社の制作ディレクターを退職後、単身アメリカへ留学。
その後帰国し子育て関連誌の編集者を経て、2006年3月より再びカリフォルニア州バークレー市へ。
主に音楽、教育、国際文化交流をテーマに人脈を広げながら執筆活動中。
2007年10月より、研究者である夫の仕事の関係でシカゴ郊外に移る。
趣味・特技はJazz(ピアノ&ヴォーカル)、剣道(四段)。好きなことは食べることと飲むこと。
バークレーでの3年間の留学生活を綴った「たのもう、アメリカ。」(近代文芸社)発売中。
Webサイト:
www.ShokoChicago.com




バックナンバー
            完全燃焼第“33回 シカゴブルース・フェス”
日本人ブルースマンたちがオーティス・ラッシュに捧げた、心のブルース。


(*ENGLISH)


 世界最大の野外無料ブルース・フェスティバル「第33回シカゴブルースフェスティバル」が、今年も6月10日からの3日間、盛大に行われた。会期中必ず一度は雷雨に見舞われるのがお約束となっている当フェス。今年は一度も雨に降られることもなく、この夏一番の蒸し暑さに始まり、最終日は肌寒いくらいの涼しさで締めた。まさに中西部へようこそ、といわんばかりの気候変動の歓迎を受けた3日間。国内外から毎年50万人もの人たちが詰めかけ、“ブルース・キャピタル”シカゴは燃えに燃えた。


 今年の主な出演者(メインステージ)は、第1日目が西海岸で活躍するギタリストのトミー・カストロ、ブルースの若き女王、シェミキア・コープランド、地元シカゴからリル・エド&ザブルース・インペリアルズと、ブルースハープの第一人者、コーキー・シーゲル。

 第2日目には、故ジェームス・ブラウンのバンドメンバーのトロンボーン奏者でプロデユーサーのフレッド・ウェズリー率いるThe New JB’s、当ブルース・フェス3年ぶり登場のソウルシンガー、アーマ・トーマス(from ニュー・オリンズ)が登場。メインステージ前は、シカゴの夜景をバックに巨大なダンスクラブと化した。

            ソウルフル女王、アーマ・トーマス
 
    
   
フレッド・ウェズリーのバンドのグルーブに思わず踊り狂う人々 

 最終日は、“職人芸”とも言われるギタリストのロニー・アールに続いて、シカゴの大御所、81歳にして現役バリバリのエディー・ザ・“チーフ”・クリアウォーターが参上。
 このバンドでギターとハーモニカを担当するのは、若きベテランShoji Naito(内藤ショウジ)。チーフから絶大な信頼を得る彼の演奏は、安定感抜群。主役をきっちりと立てつつ、出すぎず引きすぎずの絶妙な存在感を放つ。熟練だからこそできる技。見えないところではしっかりとチーフのローディーも務め、女房役としても今やバンドに欠かせない存在だ。何万の大観客を前に、自らの演奏を楽しむような余裕の表情がとても印象的だった。








リーダーCDも昨年発売。日本でのツアーでも毎年仲間と共演、多くのファンがつめかける。


シカゴが、ファンが、巨匠に捧げた夜
 そして、今フェスの大トリを飾った企画は、「オーティス・ラッシュ・トリビュート」。
 ブルースをよく知らない人でも、オーティス・ラッシュの名前や代表曲は聴いたことがあるだろう。
 ミシシッピ州出身。50年代、バディ・ガイらとともにシカゴ・ブルースの新たな音を切り開いた第一人者であり、彼を師と仰ぎ信望する現役ブルースマンも多い。不運にも2004年、脳梗塞に倒れその後は演奏から遠ざかっているが、今でもブルース界にとって唯一無二の存在だ。そんなオーティスを称えるため、彼にゆかりのあるメンバーが結集しての一夜限りの「ドリームバンド」が結成された。(※)

 オープニングでは、オーティス本人がステージ上にサプライズ登場。家族らに囲まれ、喜びを爆発させるように手を挙げて登場した姿に観客は熱狂し、久々に見た“祖”の姿に涙した。
 エマニュエル・シカゴ市長が、「オーティスがシカゴやブルース界に与えた功績を称え2016年6月12日をオーティス・ラッシュの日と認定する」と宣言、それにこたえ、はっきりとした口調で「Thank you!」と手を振るオーティス。この瞬間をいったいどれほどのファンが待ち望んでいたかを証明する大歓声が沸き起こる。

この日のオーティスがあるのも
マサキ夫人あってこそ。
 こうして、オーティス本人が舞台袖で見守るなか、トリビュートバンドによる演奏が始まった。


オーティスをリスペクトする面々が勢ぞろい。オープニングのギターは、名手ビリー・フリン。


 
それぞれの想いを胸に。二人の日本人ブルースマン
 さてこの夜、この栄えあるトリビュートバンドに二人の日本人プレーヤーの名が刻まれていた。アリヨこと有吉須美人氏(ピアノ)と、Shunこと菊田俊介(ギター)。

 アリヨはシカゴを代表する人気ブルースバンド、ビリー・ブランチ&サンズ・オブ・ブルースの不動のピアニストであり、日本人ブルースマンの生え抜き的存在。80〜90年代には“ブルースの聖地”大阪界隈では泣く子も黙る凄腕ブルースピアニストとして知られた。83年の初渡米以来、名だたるブルースマンと共演し、多くの名盤にも参加している。

 Shunは、バークリー音大卒業と同時に1990年にシカゴへ移り、ストリートミュージシャンから活動を開始、2000年から“ブルースの女王” 故ココ・テイラーのバンドのレギュラーギタリストを彼女が亡くなるまで9年間務めた。現在は日本を拠点にアジア各国でブルースの伝道活動を精力的に行っていおり、今回は海を越えての参加だ。

 
 開演直前のリラックスした表情のMr.ピアノマン、アリヨ(左)と、会場の懐かしい感触を確かめるShun

 シカゴ・ブルースに人生の半分以上を捧げたふたりにとってももちろん、オーティスの存在は計り知れなく大きい。「そもそも、オーティス・ラッシュを生で見てみたいと思って物見遊山でシカゴに来て、本人に会うまで3年かかった」アリヨにも、彼との忘れられない思い出がある。
 88年にオーティスのヨーロッパツアーに帯同した時のことだった。次の演奏地イタリアのピストイヤに向かう間、メンバー数人の荷物が3日間行方不明になってしまった。意気沈む中サウンドチェックを終え、いざ本番というその直前に荷物が無事に到着したとの知らせ。それもあってか、「この夜のオーティスの演奏は震えるほどすごかった」(アリヨ)。
 「なんというか、ひとつひとつの音が胸を打つわけよ。調子のいい時のオーティスは、1曲が短い。一発で納得した音を出し切るからやろね。ステージでピアノのオレのところにニヤニヤ近寄ってギターで絡んできて、それにオレが絡み返すとごっつい嬉しそうな顔をして。その顔が忘れられへん」
 この日、ステージに登場したオーティスの顔を遠くに見た瞬間、当時の彼の顔が胸によみがえって涙が出そうになった、とエモーショナルに語ってくれた。


88年のヨーロッパツアーの写真。左がオーティス。手前は故ジェームス・ウィーラー、右端はベースのハーラン・ターソン
(撮影者不明 提供:アリヨ)


 

この夜のアリヨもすごかった!巨大スクリーンに、炸裂のピアノが映し出される
(左写真提供:アリヨ)


 一方、Shunもこんなオーティスとの出会いの思い出を語ってくれた。
 「シカゴに移った翌月、彼のライブを見に行ったのが最初。はじめのセットが終わってステージから降りてきたオーティスが、脇を通ったときボクのギターに気づいて「君はギターを弾くのか?」と聞くので「はい、弾きます」と答えたら「じゃあ、次のセットで弾いて行きなさい」って言ってね。こんな見ず知らずの、しかもどれくらい弾けるのかもわからない東洋人の若造に、あのオーティス・ラッシュが弾いて行けって言うんだからもうびっくり。次のセットで3曲演らせてもらえたんだけど、あまりの緊張で曲名は覚えてないくらい」それがきっかけで、その後も彼のステージでよくシットインする機会をもらい、本物だけが持つ音楽の力を生で学んだという。




95年、Shunの初のソロアルバム“They Call Me Shun”にオーティスがゲスト参加し、“Take a look behind”を一緒にレコーディングした。

(写真提供:Shun)

 「オーティスが(代表曲のひとつ)"So Many Roads"をレコーディングする場面に立ち会ったことがあってね、出だしの“So many roads, so many trains・・・”というフレーズを聞いたとたん、目の前にミシシッピの広大な大地がぱぁーっと広がり、遠くに長く連なる貨物列車がコトコトと走る風景が見えたんだよね」
 歌の力をまざまざと知ったというこの想い出の曲を、この夜シカゴで、Shunは弾いた。ヴォーカルをとったのは、ギタリストのジミー・ジョンソンとマイク・ウィーラー。“シカゴの音”が体の芯から蘇る瞬間だ。
3人で「So Many Roads」と「Three Times a Fool」の2曲揃い踏み。ジミー・ジョンソン(中央)はオーティスと共に数々のツアーに参加した盟友。87歳。シカゴでは、現役最高齢のブルースマンとして活躍中だ。


オーティスからもらったペンダントを胸に、Blues Vがシカゴの空に雄たけびをあげる。
このペンダントは1999年のグラミー賞受賞式のときにオーティスが身につけていたもの。


 一部、ステージに立った人たちを紹介しよう。(※その他の写真アルバムはUS新聞.comのFacebook(https://www.facebook.com/usshimbun/ )でご覧いただけます。)




盟友、バディ・ガイも駆け付けて、
オーティスに感謝と賛辞を贈った。






バディ・ガイのピアニスト、マーティー・サモン
 ロニー・アールの“浪花節”ギターがうなる
   オーティスの往年のドラマー、サム・バートン 
  いつもおしゃれでお茶目、がっちりとバンドのグルーブを支えるベースのボブ・ストロージャー

 
歌のうまさはシカゴ随一、マーク・ウィーラー。
敬愛するオーティスの歌はいつもライブで歌う
  オルガンだけでなく、ギターとしぶいボーカルを聞かせてくれたジョン・カッキ。かつてオーティスの日本ツアーにも一緒に行ったことがあると懐かしそうに話してくれた、

「My Love Will Never Die」(ルリー・ベル)
           
           
テキサスから駆けつけた、カール・ウェザーズビー
        

          総勢30人ものミュージシャンがオーティスに渾身のブルースを捧げた。



 今回は、メインステージを飾った3人の日本人ミュージシャンにスポットをあててレポートしたが、彼らの他にも日本からシカゴに移り住んで地道に活動を続けているミュージシャンは数多い。異国で地に足をつけて生活をしつつ夢をかたちにすることが、はたから見る以上にどれほど大変なことか。ときには昼間の仕事と掛け持ちし、体を粉にして働き、家族を養う。目標を見失わずたゆまぬ努力を重ねた者だけに、運や縁が舞い降りる。
 
 この夜メインステージに立った3人は、それらを我が手で掴み取った人たちだ。その姿は、彼らと同じように大志を抱いてシカゴにやってきたすべての人たち、それぞれの分野で我が道を究めようと努力をしている人たちの、行く先の姿そのものだったにちがいない。勇気をありがとう!

 ああ、今年も終わっちゃったった。来年もここでブルースを見られますように!


※フルメンバー(アルファベット順。メンバーは曲により入れ替え)
ギター: Billy Flynn, Bob Levis, Carl Weathersby, Eddy Clearwater, Jimmy Johnson, Mike Welch, Mike Wheeler, Lurrie Bell, Shun Kikuta, Ronnie Earl, Anthony Palmer
ヴォーカル:Diane Blue, Mike Ledbetter
ハーモニカ:Billy Prewitt
テナー:Rawl Hardman, Abb Locke,Eddie Shaw
ピアノ:Sumito Ariyoshi, Marty Sammon,
オルガン:John Kattke
ドラム:Brian Jones, Big Ray, Sam Burton
ベース:Bob Stroger, Harlan Terson
ホーン・セクション:Willie Henderson, Kenny Anderson, Leon Allen, Henry Ford, Willie Woods


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