「ペイトンズ・ヒル」 敬愛されたベアーズ、ウォルター・ペイトンの丘

  「ペイトンズ・ヒル」 (ペイトンの丘)と呼ばれる丘が、シカゴ郊外 アーリントン・ハイツ市にある。「スイートネス」という愛称で全米の人たちに愛されたシカゴ・ベアーズの名ランニングバック、ウォルター・ペイトンが 1980年代にこの丘でトレーニングをしていたことで知られる。

  92フィートもの高さを持つこの丘は、ダンディ・ロードとケニコッ ト・アベニューの北に位置し、アーリントン・ハイツ・パーク・ディストリクトが管理する二コル・ノール・パークという公園兼ゴルフ場(二コル・ノール・ゴルフクラブ)となっている。

冬は、この坂はそり場として賑わう。


ペイトン・ヒルズの石碑。2つあるうちの1つ。一番眺めのいい場所にある。もう1つは、ゴルフクラブハウス前、実際にペイトンがトレーニングをした場所の真向かいにある。
坂を上っていく途中、右に小ぶりの野球場があり、丘は舗装された歩道で囲まれ、急な坂のため丘周辺を一周するとかなり足が疲れる。

  この丘の見晴らしが一番いい場所に、ペイトンズ・ヒルのことを紹介した石碑がある。ペイトンの顔のイラストの横に「2000年にパークディストリクトがペイトンに敬意を表して、名づけた。ペイトンは、8年間アーリントンに住み、ベアーズのメンバーとして、この丘を体力と忍耐力を養うトレーニング場として使った。」とある。彼がつくった記録も記されていて、1999年11月1日没とある。

  天気のいい日は、この場所から遥かかなたにシカゴのダウンタウンの摩天楼もうっすらと浮かび上がるほど、全景が見渡せる。いつも静かなこの場所だが、毎年7月4日の独立記念日の夜には、花火見物で、町中から人々が所狭しと集まる。一度に180度の角度でさまざまな花火を楽しめるからである。そり場としてもその距離の長さで有名で、初雪の日などは、バスを繰り出して学校で来たり、WGNのニュースでそり遊びの様子が流れたりと人気のスポットでもある。
丘からの風景。目の前にタウンハウス群が見渡せるが、遠くにうっすらとダウンタウンの摩天楼が見える。


ゴルフクラブハウス内に飾ってあるペイトンの記念の品々。サイン入りのフットボールやユニフォームなど。
  その先のゴルフ場の小さなクラブハウスに入ると、奥にペイトンの大きな写真やサインの入った背番号34番のユニフォームやフットボールなどが、さりげなく飾られている。ペイトンがトレーニングをしている白黒写真は、1982年に撮られている。白い鉢巻を巻いた雄々しいペイトンが、同僚と荒涼とした丘を駆け上がる姿が目を引く。調べていて驚いたことには、かつてこの美しい公園は、ゴミ廃棄場で、その後アーリントン・レイクを作ったときの泥が運ばれて、丘ができたという。(1999年11月7日付デイリー・ヘラルド紙より)

  「マウント・トラッシュモア」という不名誉なあだ名をつけられた50度もの角度を持つ75ヤードの長さの坂をペイトンは、1日に20回以上も上り下りし、時には、ベアーズのメンバーと一緒にトレーニングをしたという。1993年にプロフットボール殿堂入りしたとき、ペイトンはさまざまな記録を作れたのをこの丘のトレーニングのおかげだとスピーチで言及した。(1993年8月7日付デイリー・ヘラルド紙より)2002年に記録が破られるまで、NFL歴代最多のラン記録16、726ヤードを誇っていた。

 ペイトンは、1975年から1987年の間ベアーズでプレーしたが、1999年に45歳で癌で亡くなり、クリントン前大統領が声明文を発表するほど全米の人々が悲しんだ。

デイリーヘラルド紙に掲載されたこの丘でトレーニングする姿のペイトンの 白黒写真。この丘を征服しようとする意気込みが伝わってくる。ゴルフクラブハウス内に飾ってある。

1周忌には、125名のファンがペイトンズ・ヒルに集まって、実際にその急な坂を走りながらペイトンの足跡をかみしめ、彼を偲ぶというイベントをラジオも企画し放送するほどだった。(2000年11月2日付デイリー・ヘラルド紙より)


丘を囲む遊歩道。なだらかな坂が続くが、一周すると足腰がかなり苦しい。
  取材で、このペイトンズ・ヒルの写真を撮っているときも、トレーニングをしている人々が、「ペイトンのことを書いてくれよ。」と言わんばかりに、うなずきながら手を大きくふり、取材に快く応じてくれた。みんながいかにペイトンを愛し、誇りにしているかがわかる。息子の友達の中一の男子が、ここで毎日ジョギングをして、10月初めのシカゴ日本人学校全日校中学部の駅伝大会で見事3位に入賞した。足腰をきたえるのに絶好のトレーニング場ということだろう。

  「あれほどすごかったラインバックは今まで見たことがないよ。」 とペイトンのことになると、アメリカ人たちはみんな目を輝かせて褒め称える。

アーリントン・ハイツ周辺で育ち、ここ10年この地に住むマイク・マティス氏は、ペイトンのことを今もプレーしているかのように力を込めて話す。


  ペイトンは、アイビー・ヒル・スクールの近所の静かな住宅地にかつて住んでいた。ペイトンに何度も会った事があるというマイクによると、子供が大好きだったというペイトンは、絶対に一度もサインを拒まず、近所の子供たちと一緒によくバスケットをしたりしていたという。

  「最近のプレーヤーは、タッチダウンをすると大げさなアクションをしまくるが、ペイトンは、タッチダウンをした後も何事もなかったかのように、静かにボールをそっとおいたんだ。」とマイクは微笑みながら話してくれた。

  人々は、偉大なフットボール・プレーヤーであり、素晴らしい人間性を合わせ持ったペイトンを心から尊敬し、今も愛し続ける。彼らは、ペイトンの石碑を見ながら、その若すぎる死を惜しみ、ペイトンの偉大さに少しでも近づこうと今日もペイトンズ・ヒルで、黙々とトレーニングに励む。

ペイトン・ヒルズでトレーニングする人々。そのかたわらに、さりげなくペイトンの石碑が彼の魂とともにある。


                                                                             記事・写真 馬場邦子






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